活動報告

地元

小川駅西口にて朝のご挨拶

誕生日の今日は小川駅西口で朝の挨拶でした。
多くの皆様からご激励を頂戴し、感謝!
ところで先日、地元を歩いていると「同じ年なんです。応援してます!」と声を掛けて頂きました。とても有難い事です。その後、立ち話ではありますが、少しお話をしました。第二次ベビーブームで同級生が多かった事、バブル崩壊後の就職活動で就職氷河期と言われていた事等。
第二次ベビーブームの定義は昭和46年(1971年)〜昭和49年(1974年)に生まれた人たちのことを指し、その中でも最も出生数が多かったのが私の生まれた昭和48年(1973年)で出生数は2,091,983人。参考までに他の年を見てみると第一次ベビーブームで最も出生数が多かった昭和24年(1949年)は2,696,638人。ちなみに令和2年(2020年)の出生数は840,832人で調査開始以来、最も少なくなっています。
振り返ってみると、我々の世代にはいくつかの特徴があります。
生まれた年は第一次オイルショックの年。何かを暗示しているような気がします。
その後、沢山の同級生に恵まれて大人になっていきましたが、就職する際にはすでにバブルが崩壊した後。私が大学時代に就職活動をした時は既に有効求人倍率が1倍を大きく下回り、就職氷河期と言われる時代でした。
以来、長く続いた不況の影響にどっぷり浸かってきた世代と言っても過言ではありません。
日本全体の人口構成を見てみると、現在の日本における生産年齢人口(15歳以上64未満)で多くの人口を占めるのが、私たち第二次ベビーブーム世代。
私たちは現役世代の最大の人口を占める世代として、経済や社会保障を支える存在として力を尽くしていかなければなりません。
一方で、私たちが高齢者となる時代には、人口減少のために支えてくれる現役世代の人口は少ないのが現実です。つまり、私たちの世代が高齢者となった時、社会保障における「支えられる世代と支える世代のバランスが悪化する」ことになります。
私たちの世代は、私たちの責任でこの現実を直視し、安全安心の社会保障制度を作り上げ、若い人々の希望を失うことのない社会を作っていかなければならないのだと思います。
こうして見ると、我々の第二次ベビーブーム世代はある意味、宿命を負っている世代です。今こそ、私たちが一層奮起しなければならないと考えます。
年男でもあります。
気持ちを新たに、原点に立ち返って引き続き力を尽くして参りますので、どうぞ宜しくお願い致します!

松本洋平Twitter

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